インド週報(番外編)No.11-2
1月21日(月)
6時40分、マリちゃんに起こされる。大幅遅刻。やはり、内心は平穏ではないようだ。それでもとにかくITロードを目に焼き付けとこう。写真なんか要らない。記憶だけ残ればよい。この牛もあの爺さんも。
カルカッタのアメリカ総領事館襲撃の領事館情報が杉村君経由で。相変わらず、政府機関に近づくな、人の多いところに近づくな。
夜、チョーラシェラトンの中華「上海クラブ」に。今日はタエコサンの誕生日? 何回目かって? そんなの聞けないでしょ。マダムは風邪でお休み。マスター、ジュンちゃん、タエコサン、Yuki君、みなみちゃん、NSW3名で計8名。本格的な北京ダック。まだ生まれてから3回目だ。
もう、食べるしかない。
1月22日(火)
6時起床
今日はパン食でなかった。自分でも1品作る。使い切れないくらいの食材があるもんね。
(何故か、この間が途切れている)
さんと。何故かすっきり。見苦しいことは止めよう、こんなところで喧嘩しても始まらない。だからダメ? (何か全く意味が通じない。自分でも覚えていない)
今日もヤケ料理。もう、材料、みんな使い切ってやる。しかし使いきれない材料。
7時過ぎ、赤坂へ。バンブールームに杉村君がいる。緊急帰国の話が聞きたいのだろう。
1月23日(水)
6時起床。どうも咳が多い。ちょっと用心した方がよいか。もう一度寝る。
昼過ぎに出社。途中のITハイウエイは朝とはまた違った姿。昼休みなのか、学生が多い。こんなところにカレッジがあったとは知らなかった。このタンクローリ車、3日間、道をふさいでいる。後輪を全て取り外してある。事故は分かるが何で何日もそのままなのか。
またまたヤケ料理。
9時半過ぎ、赤坂へ。あれ、髭さんがいる。トッチャンも降りてくる。バンブールームへ。マスター、将来の事業構想を語る。赤坂の隣の部屋、同じ広さで月額Rs.14000。ここで何をやるか、とにかく人件費だけでなく、インフラにも金をかけないのが成功の道だとか。こんなところで借金して事業を興そうなんて、失敗するのが目に見えている。30%近くの利息が取られる。一つの事業で得た利益は全て他の事業に投資し、無借金でやるのだとか。日本で成功したビジネスモデルは必ずインドでも成功する、真似ればよいだけとか。オートーバッカスのような店もやりたい。ビーチに4000坪の土地がある、ここでリゾート施設を作りたいが、インド政府がまだプライベートビーチを認めないとか。話がだんだんと脱線してくる。チェンナイに置屋を作る構想も。この人の頭には起業しか無いのだろう。しかしどうやって信用できるマネージャを確保するのか。
1月24日(木)
6時10分起床。またヤケ料理。気に入らなければ捨てる。ん、このスープは美味しいですな。そんなことやっているから、また下に降りたのが7時40分。それでも孫君はいない。今日も遅刻だよ。
4時、英語塾へ。まずその前に眼鏡屋さんとケーキ屋さんへ行かなければ。
今日もこの時間は子供の下校時間。バス停の前にはそれぞれ数十人単位で。近くの小学生はお袋さんの自転車に乗せられて帰っている。日本では幼稚園で見かけるが、インドの交通事情じゃ必須なんだろう。でも共働きが当たり前のインドでは大変だろうなぁ。茅葺き(椰子の葉だが)のスラムとしか見えない家にピカピカのステンレスとガラス張りのケーキ売場のアンバランス。これこそインド。同じようにけばけばしい看板。
ん? やっとタンクローリ車がいなくなった。これでここの渋滞が解消。しかし牛さんはいつも変わらず。急に日本に帰らざるをえなくなったが、ITハイウエイには関係なし、いつものITハイウエイと同じ。何度見てもそうだ。そうだ、そう言えば、何故この道がITハイウエイか説明してなかった。単純なんですよ。
まずはハイウエイ。ハイウエイなんてインド全国津々浦々にあるんですよ。日本なんて目じゃない。信じないでしょう。これ本当の話。道路が周囲より何十cm高いところにある。だからハイウエイ。でもこのITハイウエイはすぐ水没するが。
次にIT。これすごく単純。私の行っているP社とかS社だけでなく、いろんなIT会社が進出している。チェンナイ市内は飽和状態。東西に流れる2本の河で市内中心部は大きく3つに分かれる。段々と南に中心部が移り、現在はこの赤坂のあるADYARが発展している。しかしそれでも新しい産業が育つような余地はない。IT産業は更に南に移っている。これはムンバイやデリーも同じ。空港を中心とした地区に新しい産業の基盤が移っていく。
最初にインドに来た時、ムンバイでESC(日本で言えばIT版JETRO?)の会長と会った。ESCの会長とソフト会社の社長を兼ねている人である。場所は空港横の会社の中。会長曰く、「ここは場所が良い。USから深夜に帰り、決裁書類を見て仮眠したら朝一の便でヨーロッパに飛び立てる」(あんたは偉い、やってなさい)。ま、これは極端なお話としても、やはり空港の近くに集まるのが趨勢か。このITハイウエイにはWiproもInfosysも。昔からペンタソフトの本拠地もここ。ITハイウエイの市内の起点にはソフトウエアテクノロジパーク(STP)のTIDEL PARKも(ちなみに赤坂はTIDEL PARKから300m位東に)。1本西側で空港前の45号線を更に南に行くとトッチャンの通うC社も入っているSTPが。空港から10分位。空港の北10分のところが以前に私がチェンナイのシリコンバレーと言った付近(SIS社もここ)。ま、こんなところです。
ま、とにかく最後の英語塾。先生にも、ジャパンデスクの二十数名の面々にも、ケーキのプレゼント。
オートで赤坂へ。今日はメータ製のオート。久々だ。しかしライトがつかず料金が見えないが。「JAYANTHI」、赤坂の前、映画館の名を言う。しかし道が込んでいる。直進するか、右折するか、運転手が迷う。「どっちから行く?」、そんなこと言われても「Any Way」。あんたはプロだろ。日本のタクシー運転手もすぐルートを聞く。責任をとりたくない気持ちは分かるが、プロの精神はないのか。インドも同じだ。決断力のないドライバだ。モジモジ、最後は交差点を渡ってから右折する。おいおい、大丈夫? ピッピー、やったぁ……、警官だぁ。どう見ても違反だよ。しかしそこからこのドライバも人が変わる。やはりインド人だ。自分が悪いのに絶対に認めない。警官と大喧嘩。タミール語でやっている。あらら、何時になったら着くのか。ドライバがこちらを指さす。おいおい、人のせいにするなよ。ん? やばい。タバコを吸っていた。タミール州では公共の場所で吸うのは禁止、シンガポールより厳しい。一緒に連行されるとやばい。警官に気づかれないように、そっと消す。しかしなかなか終わらない。7~8分かかる。それでも、とうとう押し切ったのか、それとも連行するのが警官も面倒だったのか、喧嘩別れに。まだブツブツ言いながら立ち去る。しかしインド人、あれだけ喧嘩しても絶対に殴り合いにはならない。言い合いを延々とやって、ブツブツ別れる。これがいつものパターン。一つのインドの不思議。
何か、タミール語で自慢話でもしているようだ。分かったからとにかく早く行ってよ。あれ? 変な路地に入る、何? 暗いとこに連れ込んで金を取ろうって事か? 違った、ショートカットだ、知らなかった。モハン君にも教えとこう、信号待ちが1回減る。JAYANTHIの横に出て映画館を通り過ぎる。あれ? 何も言ってないのに。路地に入り赤坂の前まで。「ここだろ、早かっただろ」自慢する。うん、あんたは偉い。だけど暗くて料金が見えない。「Rs.48だからRs.50で良い」、「そんなこと言っても見えないじゃないか」、「見えるよ」。冗談でやり合う。それを赤坂のビンチャンに見つかる。走ってきてドライバと私の間に。違う、違う、大丈夫。と言ってもビンチャンは殴りかかりそう。「うちの客に何するんだ!」とでも言っているのか。喧嘩じゃないんだよビンチャン、大丈夫。なだめるのに一苦労。
しかし今日は良い奴に会う。オートのドライバもビンチャンも良い奴らだ。ま、こう言うところは「赤坂全営業日出席」の効能か。ホテルではこうは行かない。
さぁ、またヤケ食いだ。あと何日食べられるか。明日はバンガロール、月曜は定休日だから今日を入れて4日間。久々にアジの刺身とフライ、小エビの天ぷら。赤坂で初の特上寿司。う~ん、何故か寿司があまり美味しくない。同じ魚を毎日食べているせいかな。
12時過ぎから2時半までかけて、孫君、トッチャンと残った食材の分配。
1月25日(金)
8時半、別の車で空港へ。今日は今回の出張で初めてのバンガロール。チェンナイまで来ていて1回も行かないでは義理が廃る。車は昨夜、マダムに予約して貰った。最低料金、これは4hかな。Rs.400。1日11時間乗ってRs.960から考えると非常に高い。インドではタクシーは時間制が基本。手を挙げて捕まえるなんて出来ない。それはオートリクシャーの世界。
ワールドカップの時に日本に行く。しかしチケットが手に入らない。何とか価格でいくら(何かさっぱりわからないですねぇ。たしかこれは、バンガロールについてからの話。バンガロールについて何をやったか。たしか手帳に書いてあったはずだが、あの手帳は会社か。まずはケンチャンのアパートに行った。そこでお好み焼きを作る。ケンチャン夫妻に1枚食べさせて、もう1枚を土産代わりにハリさんの会社に持っていく。その時、イタリアンレストランに行ったが、確かその時の話。ハリさんがワールドカップを見に来日する話。これは本当に実現。神戸でハリさんの奥さんの講演会が開かれる。翌日、NSW社員のウルトラC的な活動で、ワールドカップのチケットが取れて観戦されたはず)
1月26日(土)
うん? 時計は8時15分。何か違う。ケンチャンちのベッドだ。静かだなぁ……。7時間も寝てしまった。いけない、慌ててシャワーに。
この日は確か…… DECCANET社の1日慰安旅行に飛び込み参加。
1月27日(日)
9時にマリちゃんに起こされる。朝食を食べたが、もう一度お休みなさい。
夕食は大変。NSWメンバーによる私の送別会とSIS社による私の送別会がぶつかってしまった。マスターに特別料理も頼んでいる。今日は「ハタの鍋」。1本、仕入れてきたとか。今が一番旨いらしい。ベジタリアンとハタの鍋なんて訳の分からない組み合わせだが、美味しけりゃそれで良い。
1月28日(月)
今日はチームの送別会。場所はダリヤ。半分は挨拶を兼ねて。月曜くらいは
久々に週報モード。アララ、もう4時だよ。今夜は違う部屋で寝よう。3ベッドルームたって、まだ1部屋しか使っていない。
以上です。手帳を見れば、まだまだ記録はあるのでしょうが。取り敢えずはここまで。
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